OB訪問記-祖父と父から受け継いだ「家の心」を次世代に渡せるRC外断熱の家。

祖父と父から受け継いだ「家の心」を次世代に渡せるRCの家。

[上]シンプルな外観を東から見たところ。外断熱は乾式で、外壁は平滑な仕上げとなっている。 [下]玄関を入ると、広いタタキの先にウオーキングクローゼット。このアクセントパネルは、旧家の太い梁を板材にして移植した。

WEB関係の会社を経営されるNさん、建築会社の顧客などを通じて、RC(鉄筋コンクリート造)のメリットは熟知していた。
当然、自分が建てるときもRCと決めていた。
「コストを考えても、30年ごとに3回建てるんだったら、いいものを建てて100年持たせて次世代に渡せるほうが断然いいし、たとえば大きな地震があったその日の夜を家で過ごせる、ということの大切さも考えました」と、Nさん。その予感どおり、竣工の3ヵ月後、3・11の大地震がやってきた。
翌朝、工房の社員が駆けつけたが、この家はビクともしていなかった。「前の家だったら潰れてたんじゃないかって」と、笑いながら奥様が当時を振り返る。
前の家は、戦後すぐにNさんの祖父がこの土地に建てた古い木造住宅で、御影石の立派な門柱があった。

その門柱はスライスして、新しい家のリビングの南窓側に敷きつめた。おかげで、フローリングが日焼けしない。
同じように、床柱はダイニングの入り口に、太い梁は板材にして玄関のアクセントパネルに移植した。土地だけでなく、祖父、父から受け継いだ「家の心」を次世代に渡したいと考えたのだ。
かつて門柱だったリビングの御影石の上を、いま、一粒種の娘さんが歩いている。

1階を中心に、家族があつまるドアのない空間。

初めは、設計事務所、ゼネコン、工房の3社競合だった。「社員の対応のよさと、原価が透明でわかりやすかった」ことが工房の決め手となった。もうひとつ「あえていうと、工房は建築事業だけでなくコンピュータ・システムの事業も行っていて、経営的に安定しているだろうという見込みもありました」とNさん。
建設(2010年)当時はリーマンショックの後遺症で、デベロッパーが相次いで倒れていた。「なるべく1階を中心に暮らしたい」といういう要望だった。
玄関は広く、ドアのないリビングとダイニング、そこに家族が集まって奥様が楽しく料理ができるように。もうひとつ、段差のなさにもこだわった。自分たちの将来のことを考えて、玄関アプローチから車椅子で室内へ移動できるように工夫した。
トイレも大きくした。そしてその玄関から1階居室へのバリアフリー設計は、同居のお父様が病気になられ、車椅子での生活を余儀なくされたときに、有効に働いた。
いまは2階が寝室、3階が書斎となっているが、やがて娘さんが大人になったら、自分たちは1階に降りてくるのかなと、Nさんはそんな将来をすでに考えている。

[左]階段の下がリビング。吹き抜けで、1階と2階が一体となる。
[中]Nさんいわく「下り専用エコエレベーター」。ときどきファイアーマンのように3階から一気に滑り降りる。なんという遊び心。
[右]玄関からドアなしでキッチン、ダイニング、そしてリビング、さらに階段へとつながる巧みな動線。

【スペック】
東京都世田谷区 N様邸
2010年12月竣工/鉄筋コンクリート造/3階建て
敷地面積=230.32m2(69.79坪)
建築面積=113.37m2(34.35坪)
床面積=1階109.12m2/2階71.96m2/3階18.87m2
延床面積=199.95m2(60.59坪)
設計施工=株式会社工房